DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
美術館を出ると、二人はどちらからともなく桜並木の方へ向かった。
僅かに色を変え始めた桜の木々の間を、何も言わずに進んで行く。
秋の陽射しは柔らかく、そして春のそれとはまた違った清々しさがあった。
途中、未央は何度か千聖の腕に手を伸ばそうとした。
けれどその度に思いとどまった。
千聖がまたいつもの千聖に戻ってしまう事が恐かったのだ。
つかず離れず並んで歩く――
それはまるで、今の二人の関係を表しているようだった。
その時、ふいに桜の木陰から犬が飛び出して来た。
黒い犬――
ケルベロスの事が頭を過ぎって、未央が思わず千聖の後ろへ回って背中にしがみつく。
直後、千聖が未央の手を掴んだ。
「行くぞ!」
「えっ――?」
急に走り出す。
そのままどんどん走る。
そして通称【恋人達の小道】と呼ばれている広葉樹のプロムナードまでやって来ると、やっと足を止めた。
「疲れた……」
未央はすぐ傍にあった欅の大木に背中を付けてもたれ、額の汗を拭った。
シャツの胸ボタンを外して風を入れている千聖に微笑む。
「犬が恐いなんて、困った癖がついちゃったね」
「俺は恐くなんかないさ。あんたが恐いだろうと思っただけで――」
それを聞いた未央はニッと笑うと、千聖の後ろを指さした。
「あっ!さっきの犬!」
「えっ !?」
途端に千聖が飛び退いて振り向く。
「―― なぁんてね……フッ………フフフッ……ゴメン」
千聖は額に手を当てると、溜め息をついた。
笑っていた未央が急に真面目な顔になる。
「千聖……。あの夜、ケルベロスに噛まれたって本当?」