DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
「おじさま、そろそろお部屋に伺ってもよろしいかしら?」
相変わらずパーティー会場をうろついている神部に瞳が声を掛けたのは、出港から約一時間が過ぎた頃。
「ああ、瞳さん。もうそんな時間?じゃあ部屋へ行きましょう」
時計に目をやった神部は、そう答えてから千聖を見て口角を上げた。
神部の後ろについて特別室へ向かう。
ドアを開けると、クロークの所で見かけた秘書が丁寧に頭を下げた。
その前を擦り抜けて中へ入る。
静かに流れているのはチゴイネル・ワイゼンだ。
「どうぞ。好きなところへ座って」
席を勧めながら、神部がワゴンに用意されたグラスにブランデーを注ぐ。
「向坂君も飲むかね?」
「いいえ。今日は車ですので遠慮しておきます」
「そうか――」
グラスを手に、神部もソファーに座った。
手の中でグラスをゆっくりと回す。
『ブランデーはこうやって飲むものなんだよ』
千聖は神部の仕草に、昔父から聞いた言葉を何となく思い出していた。
神部は微笑んでまた口を開いた。
「向坂君。君の父上は宝石商の向坂裕一氏だね?」
思いも寄らない神部の言葉に、千聖は目を細めた。
「ええ。御存知なんですか?」
「取引があったからね。でも君は彼にちっとも似ていないな。写真で拝見しただけだが、祖父の……佐々木隆利氏には生き写しだが」
神部がブランデーを口に含み、またフッと笑う。
「不思議だね。君と佐々木隆利氏とは血の繋がりは全く無いんだろう?」
「色々と御存知なんですね」
「裕一氏とはよく話しをしたからね。こうやってブランデーを飲みながら」
そうやって影の石の話も聞いたのだろう?
千聖はそう言いたいのを堪えて、拳を握り締めた。