DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
幸いホールに人影はなかった。
クロークの前に立って、番号札を取り出す。
そして札の片隅を摘んで、緊張した面もちで立っているアルバイトらしい係りの女性に見せた。
「お願いします」
「は……はい。19番ですね」
すぐにアタッシュケースが運ばれてきた。
札をポケットに戻し、代わりにポケットの底に眠らせてあった針金を取り出す。
係りの女性にチラリと目をやると、女性は客の荷物を見るのは失礼だというように顔を背けた。
(よし、お行儀良くしていてくれよ)
鍵を開け、アタッシュケースの蓋を開く――
あの箱は確かにそこにあった。
箱から素早く石を取り出し、代わりにカードを入れ、鍵をかけ「ありがとう、もういいよ」と告げてクロークへ戻す。
それからもう一度札を取り出して、今度は「これも頼むよ」とカウンターに乗せた。
「はい、61番ですね」
「ああ」
女性が荷物の番号を確認している間に、指先に張り付けていた薄い膜を歯で剥がして飲み込む。
ネクタイの色を目立つ赤に変えたのも、黒縁の眼鏡を掛けたのも、全て印象を植え付けるためだ。
船が港に着く前に石が無くなった事に気付かれ、アタッシュケースに触れた者を女性が聞かれた時、まず最初に服装や眼鏡の有無について答えるはずだ。
万が一、顔を覚えられていて容疑者の中に加えられても、指紋が無ければ物証が無い。
係りの女性の勘違いだろうで押し通せる。
何故ならその頃には既に、決定的証拠となる石はここには無いのだから。
「お待たせいたしました」
差し出された包みを受け取り背中を向け、千聖はフッと笑みを漏らした。