DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~

「それより千聖、今日は八時半に原稿出したら上がれるんでしょ?」

「ああ、『馬鹿野郎!こんなもん使えるかっ!』て突き返されなきゃその予定だけど」

「じゃあさ、久し振りに飲みに行きましょうよ。良い店見付けたのよ。だからそこへ飲みに行って、初めて一緒に仕事した日と同じように楽しく過ごさない?」

 千聖の肩をポンと叩き、真紀子は御辞儀をするように上体を傾けて耳元に口を近付けた。

 溝口に聞こえないように小声で囁く。

「もちろんあの日と同じように、朝までよ。駄目?」

 恋人でもない男を自分から誘った真紀子に、『あぁ、なんとかフレンドってやつか。やっぱり外国帰りは違うな』等と考える。

 思わず口元が緩む。

「俺は別に構―― あ……」

 そこまで言いかけて、千聖は言葉を止めた

『じゃあ……もう絶対……他の人にあんな事……しないって約束して』

『ああ、誓うよ―― これからは未央だけだ。未央を愛しているから』

 未央との約束が急に頭に浮かんで来たのだ。

(マズイ。約束が……でも、どうやって断るんだ?)

 困惑したまま、急いで返事を続ける。

「な……『朝まで』ってそんなに飲めない――」

「なに惚けたこと言ってるのよ。子供じゃ無いんだから、そんな事じゃ無いことくらい分かるでしょ?」

「子供は酒飲めないだろ」

 突っ込んだつもりが、睨まれて前言撤回する。

「冗談だよ、冗談」

 口元を歪めながら溝口の顔を見た千聖は、咄嗟に溝口を利用することにした。

「あ―― じつは今日は溝口と約束があるんだ。溝口も上がれるっていうし」

「えっ?」

 驚いた表情の溝口を、真紀子が振り向かないうちにたたみ掛ける。

「久し振りに行こうかって話してたんだ。な、」

「あ?―― ああ。このところ忙しくて行けなかったからな」

「ふうん」

 椅子に座った二人を胸の前で腕を組んで見下ろすと、真紀子は肩を竦めた。



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