DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
「いいかな?ここへ座って」
「あ、すみません気が付かなくて」
急いでボーイを呼び、新しい水を貰う。
神部は腰を下ろすと、煙草に火をつけてから話し出した。
「さっき君と一緒に居たのは、向坂君だね?」
「ええ、同僚の向坂と溝口です。向坂を御存知なんですか?」
「ああ、ちょっとね。じつは――」
少しもったい付けたように間をおく。
千聖の話と聞いて、真紀子は身を乗り出した。
「私の友人に米村という男が居るんだが、その一人娘の瞳という子がどうやら向坂君に御執心でね」
「あ!瞳さんって――」
名前を聞いて、真紀子は思い出した。
いつだったか社に訪ねて来て、千聖にちょっかいを出していたあのムカツクお嬢様が頭に浮かぶ。
「知っているのかね?」
「ええ、一度社の方へ彼を訪ねて見えました」
「そうですか。そんな所まで……困ったものだ」
神部は腕を組んで、背凭れに寄りかかった。
「で、どんな様子でした?」
「それはもう彼の顔を見るなり……なんて言うか……」
「言いにくそうだね――」
「はあ……」
言葉を濁して片手を頬にあて、首を傾げた真紀子を見て神部は苦笑した。
灰皿へ手を伸ばし、煙草を指で軽く弾いて灰を落とす。
「もう少し訊いてもいいかな?」
「はい」
「彼……向坂君、恋人は?」
「えっ?恋人ですか?」
唐突な質問に、何故そんな話になるのかと言わんばかりに問い返す。
「どうしてそんな事……」
神部は少し微笑み、歩み寄ってきたボーイに「ブランデーを」と告げてから続けた。
「友人は向坂君を諦めさせたいらしいんだけど、瞳さんは彼に夢中で口で言ったくらいでは――。だけど恋人が居るなら、話は違ってくるでしょう?だからそういう人が居るなら、教えて貰いたいんだ」
「そうですねぇ……」