DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
「未央っ!」
「わっっ!」
突然起き上がった千聖に、顔を覗き込んでいた溝口は驚いて飛び退いた。
午後二時過ぎ――
関東日報のビルの屋上にあるベンチは、天気のいい日は昼寝を決め込む者が多い。
入稿に終われ徹夜をした翌日、或はこの後の取材のため―― 理由は様々だ。
今日は千聖もその内の一人。
あの雨の夜以来、千聖はベッドで眠る事が出来ずにいた。
部屋で横になっても何処かで未央の声がしたような気がして落ち着けず、リビングのソファーに腰掛けたまま朝を迎えていたのだ。
未央が神部に連れ去られてから一日半。
既に肉体的にも精神的にも、千聖は参っていた。
「なんだよ向坂。よく寝てるなと思ったら急に飛び起きて」
「溝口……」
「いったいどうしたんだ?おまえ相当疲れてるみたいだぞ」
隣に座った溝口の声を聞きながら、額に手を当てる。
(キツイよ……未央。おまえが傍に居ない事が、こんなにキツイなんて思っても見なかった。淋しい?……そうだ、淋しくておかしくなりそうだ。早く会いたい。だけど――)
未央に会うためのキーワード【飼い葉桶の底】の示す場所はいまだに解けず、千聖は焦っていた。
「そんなんで、午後の取材大丈夫か?」
「午後の取材?」
「おい、しっかりしてくれよ。忘れたのか?真紀子女史の提案で決まった、素行不良の少年少女もおとなしくなるというカリスマ的存在の牧師の取材だよ」
「ああ、そうだった」
気のない返事をした千聖を、溝口が心配そうに覗き込んだ。
「俺が代わってやろうか?」
「いや……いい。大丈夫だ。悪いな、心配掛けて」
今の千聖にとっては動き回って身体を虐め抜く事が、大声で叫びだしそうな心を押さえる唯一の方法だったのだ。
何を見ても、頭に浮かぶのは未央のこと――
それは響にとっても同じだった。