DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
「千聖!」
「来る……な………」
思わず駆け寄ろうとした未央に声を絞り出し、首を小さく横に振る。
「っ……ハアッ………」
神部の指が首に食い込む。
長い腕を真っ直ぐに伸ばし、標的を壁に押し付けた神部が目を細める。
思い切り差し延べた千聖の手は、虚しく宙を掴んだ。
「初めて君と向き合ったのは、御両親の葬儀の時だ。溢れる涙を必至で堪えている姿を見た時は、あまりの可愛さにその場で絞め殺したい衝動を抑えるのに苦労したよ」
少しずつ、身体が上へとずり上げられていく。
首を押さえる神部の手に、全体重がかかる。
息が止まる。
「そして二度めは―― そう、ここでの船上パーティーの時。あの時私は、五年前に君を殺さなくて良かったと思ったよ。こんなにも面白い男に成長していたのだからね」
「クッ……ァ………」
苦しさに耐え兼ねて、僅かに開いた唇から声にならない声が漏れた。
途端、何を思ったのか、神部は船室の中央へ向けて千聖を投げ出した。
「ハアッ――!ゲホッ!ゲホッ!」
噎せながらも上体を起こした千聖に、口角を上げる。
「さあ、死ぬ前に私をもっと楽しませてくれるだろう?」
「俺は……あんたの……オモチャじゃ無……い」
肩で息をしながら、床へ手をつき千聖が立ち上がる。
「そんな事は思っちゃいないさ」
獲物を狙う獣のように円を描きながら徐々に近付く神部を、常に正面で捕らえつつ呼吸を整える。
「そう―― 例えるなら、チゴイネルワイゼンを聞きながら口に含む最高級のブランデーのような物だ」
「ふざけるな!」
声を上げた千聖に笑みを漏らし、再び神部は足を踏み出した。