DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
 靴に触る火傷の部分が痛む。

 自然に歩く速度が遅くなった。

 その時――

「斉藤さん」

 階段の途中で突然声を掛けられて、未央は振り向いた。

 主任の飯田だ。

「はい。何か?」

「あなた、さっきコンクールのドレスを運んでもらった時、二十六番のを運んでくれたわよね?」

「え?―― はい」

 一瞬たじろいで未央は答えた。

 三十人も居たのに顔と名前をしっかり覚えられているのは、やはり目立ってしまった所為だろうか?

 それとも、その程度は客商売の常識なのだろうか?

 何れにせよ、飯田の頭の中から『斉藤信子』の記憶を回収する事も出来ない今は、なぜドレスの話が出たのか―― そっちの方が問題だった。

「それが何か――?」

「事故が起きたのよ」

「えっ?」

「二十五番のドレスが消えたの」

(えっ―― もうばれちゃったの?どうして?コンクールは七時間も先よ。そんな――)

 思わず頭の中で呟いた。

 途端に、背筋を伝って冷や汗が流れるのを感じた。

 もしも、今すぐ身体検査をすると言われたら一巻の終わりだ。

「二十五番の出品者が少し早いけど最終チェックをしたいってついさっき見えたんだけど、部屋に入ったらドレスが無くなってて。代わりにシーツを巻き付けてこれが置いてあったの」

 飯田は『ドレスは回収させていただきました』と書かれたカードを見せた。

 恐る恐る訊く。

「私に疑いが掛かってるんですか?」

「いいえ、そういうわけじゃないのよ。今日来てもらっているアルバイトの人全員に訊いてるの」

 人手が足りないからと、言わば部外者を雇った事を後悔しているのだろうか?

 飯田は複雑な笑みを浮かべた。

 予定どおりなら、個室に運び込まれたドレスが次に誰かの目に触れるのはかなり先の事。

 それまでに標的を持って消えてしまえば良かった。

 だが――

 未央はゴクリと唾を飲んだ。

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