DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~
 確かに千聖の言うとおりだ。

 自分自身にはアルバイトとしてここへ入り込んだパスがある。

 しかし、ドレスはそうはいかない。

 ではどうする?

 考えあぐねている未央に、また千聖から声が飛ぶ。

「ドレスを置いて逃げるか?」

「それは駄目!そんな事出来ない!必ず回収するって約束したんだもの。理由は言えないけど、たとえ私が捕まったってあのドレスをコンクールに出すわけにはいかないの!」

 即座に未央は首を大きく横に振った。

 けれども、計画とは違う展開と足の痛みに頭は混乱した。

 絶対に置いて行くわけにはいかない。

 でも――

 足が痛い、走れない。

 隠しておく場所も無い。

 どうすればいい?

「覚悟は出来ているって事か。見かけに寄らずいい度胸だな」

 千聖は暗闇の中で未央のうずくまる辺りを見つめた。

 微笑んでまた続ける。

「木の葉は森に隠せ。森が無ければ森を作れ」

「えっ?」

 突然の千聖の言葉に、未央は顔を上げた。

「木の葉を隠すなら木の葉が沢山ある森の中に、小石を隠すなら小石が沢山ある河原に、花を隠すなら花畑の中に隠せ。隠すべき森や河原や花畑が無ければ、作ればいいって事だ。あんたの着ている服は雑用係の物だろう?仕事は何だ?どんな事をするためにここへ来ている?落ち着いてよく考えるんだ」

 未央は静かに目を閉じた。

「深呼吸して」

 言われたとおりに深呼吸する。

「頭の中を整理しろ」

 千聖の声に心が少しずつ冷静さを取り戻していく。

「それにあんたはドジだけど、ツキだけはある。周囲を、この部屋の中をよく見るんだ」

 言われて辺りを見回す。

 真っ暗で何も見えない。

 しかし微かに何かの匂いがした。

 それは自分の家にも、そして千聖の所にもある物の匂いだった。


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