Faylay~しあわせの魔法
「速い……」

精霊を召喚して力を放出するまでのほんの僅かな時間に、あっという間に距離を置かれる。

──自分向きの相手ではない、と感じた。

気配を追うことは出来ても、対応出来るだけの瞬発力がない。

「リディルさん!」

「平気だよ。自分を護ってて」

ヴァンガードにそう言いながら、頭の中で戦略を組み立てる。

ヒュッと空気が高い音をたて、防御をする間も無く頬を鋭い風が掠めていった。ピリリ、と痛みが走る。

一歩、二歩後退し、身体をぐるりと取り囲んでから前方で止まった“風”を見据えた。

背中に黒い翼を持った女は、紅い口を開けて舌を伸ばし、そこに黒くて尖った爪から鮮血を滴らせた。

「お前……この血は……」

色香を含ませた黒い瞳をリディルへ向け、ニイ、と笑う。

「“皇”の血だ。これはいいものを見つけた。今宵はお前を連れ帰ろう……皇女殿下?」

ゾクリとするような艶のある声を響かせると、女はリディルに向かって飛んできた。

瞬間、目の前に鋼の柱が飛び出す。

「チッ」

女は舌打ちし、方向を変える。だがそちらも鋼の柱が高く突き上げて行く手を阻んだ。

鋼の柱は次々に女を取り囲んだ。そればかりでなく、この牧草地全体に細い柱がいくつも建ち並ぶ。

「私のスピードを殺すつもりか。しかし、こんなもので」

女は鋼の柱を腕で薙ぎ払った。鈍い音をたててそれはひしゃげる。

「この私を止めることは出来ないよ!」


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