Faylay~しあわせの魔法
リディルとの間にある鋼の柱を全て崩しながらやってくる女のスピードは驚異的だった。

まさに風のように向かってくる女の動きを、リディルは冷静に見ている。

「アラン」

さあっと冷たい霧が広がり、牧草地にはあっという間に雲海が広がる。

それを掻き分けながら突き進んできた女の動きが、見た目にはほとんど分からないが、若干鈍ったように感じた。

寒さには弱い──それを知ったリディルは、ある確信を持って人差し指を上げた。


コ──ン……


耳に心地よい高い音が、冷たい雲海の上を涼やかに広がっていく。

リディルの眼前にまで迫っていた女の手が、ビクリと震えて止まった。

「お前……!」

顔を引きつらせながらリディルに手を出そうとするが、そこで更に高い音が響いた。

小さく呻く女を見て、リディルは更にアランに指示を出す。

小さな氷の精霊は手の中に氷塊を作り上げ、それをえい、と鋼の柱に向かって投げつけた。それが鉄琴を叩くバチの役割を果たしているのだ。

最初の音と、今の音の中間ほどの静かな音が響き渡ったとき、女の体がビクンと弾けた。

「この音。……この音で、お願い」

コーン、コーン……

同じ音階の音がいくつもいくつも重なって、夜闇に大音響を響かせる。そこに女の絶叫が交じり合い、ビリビリと空気が震えた。

周りを飛び交っていた蝙蝠たちも奇妙な動きをし始める。

真っ直ぐに飛んでいたものが、八の字を描くようにフラフラと彷徨い、鋼の柱にぶつかって次々に雲海の下へと落ちていく。

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