Faylay~しあわせの魔法
(どうして)

震えながらも、魔王から目が離せない。

逃れなくてはならないのに、どうしても身体が動かない。

(逃げて、逃げるの!)

リディルはギュッと目を閉じると、全身に力を込めた。

精霊の女王を召喚しようと神経を研ぎ澄ませると、それを遮るように魔王がリディルの頬に触れた。リディルの肩がビクリと跳ねる。

「やめておけ。今のお前に喚び出すことは出来ん。また倒れるだけだ」

「……それでも、私、帰らなきゃ」

唇を震わせながらそう言うリディルに、魔王は微笑む。

「帰れると思うか?」

「……帰る」

「本当に?」

魔王の手がリディルの顎に滑り降り、くい、と顔を上に向けさせられる。

正面から見つめられるのは恐ろしかった。指の先から身体の芯まで、氷のように冷たくなっていく。

視線を逸らして、この手を振り払って、ドアを蹴破ってでもここから逃げなければ。そう思うのに。

どうしても、魔王の手を振り払うことが出来ない。

「……すべてを思い出しても、お前は帰ると言うだろうか? ──ティターニア」

どくり。

心臓が揺れる。

冷たく揺れる。

心の奥底にある暗い水底から、ゴポリ、ゴポリと何かが湧き上がってくる。

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