Faylay~しあわせの魔法
「お前はティターニアではない。なるほど、確かにそうだ」

振り返り、リディルの頬を指先でそっとなぞる。

「だからこそ、お前の心にあるのは私ではないのだ。……その言葉は、誰を想ってのことだ?」

リディルは眉根を寄せたまま押し黙る。その様子に魔王はクッと喉で笑い、彼女から指先を離した。

「それでも私にとって、お前がティターニアなのだ」

魔王はそう言い、バサリとローブを翻して廊下へと足を向けた。

「違うの! 貴方に戦って欲しくないのは本当なんだよ! 他の誰かをじゃない、貴方を!」

背中に向かって放たれる言葉に、魔王は微笑を浮かべる。

そして左手をスッと横へ伸ばした。

瞬間、リディルの周りに音もなく半透明な黒い球体が出来、彼女の身体をすっぽりと覆いつくして、ふわりと宙に浮かび上がった。

「なに……」

そっと触れると、硬質で硝子のような冷たい感触がした。しかしグッと強く押し込むと、ゴムのように柔らかく掌を押し返してくる。

「これから城が崩れるような闘いが始まるだろう。だがその中にいれば安全だ」

「アルトゥルス!」

「大人しく待っているがいい。すべてが終わったら迎えに来る」

「待ってアルトゥルス! お願いだから、戦わないで──!」

どんなに押しても叩いてもビクともしない球体の中から叫んでも、魔王はもう振り返らなかった。

冷たい球体についた両手をグッと握り締め、リディルは項垂れる。

その様子を見ていたアレクセイは、宙に浮かぶ彼女を見上げた。

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