Faylay~しあわせの魔法
『私は、しあわせになんて、なれない』

涙をポロポロと零しながらそう言っていた彼女の言葉は、そのままフェイレイにも当てはまった。

リディルをしあわせに出来なかった自分が、彼女を置いてしあわせになんて、なれない。


フェイレイが歩けば、誰もが笑顔を向けてくれた。

『勇者様』と親しみを込めて呼んでくれ、温かい手を差し伸べられる。

それに笑顔で応えるけれど、それは笑顔を“作っている”に過ぎない。フェイレイはもう、心から笑うことが出来なくなっていた。

(俺はこんな恵まれた環境にいるのに)

リディルは。

(どうしているんだろう……)

宝玉となった魔王とともに、暗い海の底にでも沈んでしまったのだろうか。しあわせを望まないと言った彼女は、きっとそういう孤独な場所にいる。

いつかそこから抜け出せるだろうか。

魔王と2人で、しあわせになれるだろうか……。


「おっ、そこの兄ちゃん! 赤い髪の兄ちゃん!」

群集のざわめきの中に一際良く通る、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「そこのカッコイイ兄ちゃん、あんただよ!」

振り返ると、今通り過ぎたテントの下に、坊主頭に黒いサングラスをかけた露店主が笑顔で手を振って立っていた。

「あれ、あんた……」

黒い敷布の上に所狭しとアクセサリーを並べたこの露店主には、以前会ったことがある。

任務で赴いたセルティアの南の町エスティーナで、リディルとペアリングを買った思い出深い店の店主だ。

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