歌姫ロンリネス

いつの間に移動を?

とも思ったけど、

――『瀬良先輩、何してるんですか?』

一応確認しようと思う。

――「お前を抱きしめてんの。あと、敬語やめろ」


一瞬の沈黙。

先輩は腕を緩めない。

『……?何でですか?』

「何ででもだ」

『うーん…無理ですね』

「無理じゃねぇだろ」

「あ、それより先輩」

マイクを口から離し、先輩の口の前に差し出す。

「ん?」

「歌わないんですか?」

『あ、……歌うよ』

はぁ、とため息をついて私から離れ、曲を入れる瀬良先輩。



―――♪

イントロが流れ始めた。

私も好きなロックバンドの曲だ。
フッと口端があがる。
瀬良先輩も微笑んだのが見えた。



『何も出来なくて…悔しくて…泣いた―』


うんうん。そう。

やっぱり綺麗だ。


……綺麗だ。


透き通った綺麗な低い声。

茶色の髪が揺れて、リズムを取りながら歌う先輩。

言いたくないけど、カッコイイ。

くそ。

…一瞬、見惚れてた。


『キミを全部抱きしめたい…キミの全てを受け入れたい―』


くそ。

……また見惚れてた。


『強がることない僕の胸にさあ―…』


そのフレーズと共に、近付く瀬良先輩の顔。

ガチャッ

「……おいで」


ブハッ…。

…ティッシュティッシュ。

ジュースを持って入って来た店員さんが、鼻血を噴いた。

ポタポタと赤い液体がアイスクリームにかかり、何だかおいしそうにも見える色合いだよこれ。
いや食べたくないんだけど。


でも、

これほどまでに先輩は、綺麗でカッコイイ高校生なんだ。

腑に落ちた。

まさにそんな気がした。





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