愛しいライカ
一人の少女
「ねえ。スプートニク号って知ってる?」
突然、低い声が降りかかってきた。
後ろに人がいると思っていなかった私は慌てて振り返る。
「スプートニク号。知ってる?」
そこに立っていたのは薄い唇を吊り上げた、長身の男だった。
少しだけパーマがかかったオレンジ色の髪は太陽の光に照らされてきらきらと水面のように輝いている。
詰め襟に三本の白い線が入っていることからその男は三年だと分かった。
「…スプーンと…肉、ゴー?」
聞いたことがない私は眉をひそめる。
あはは、と彼が笑った。
「違う違う。スプートニク号。昔旧ソビエトで打ち上げられた宇宙船のことだよ」
「宇宙船…?」
「その顔はそんなの知るわけないっていう顔だね」
「…知りません。聞いたことないです」
そっか、と男はうんと背伸びをしながら青い空を見上げた。
口を大きく開けてあくびをする男に私は苛立ちを感じていた。
この人は今の状況を理解しているのだろうか。
「ねえ。そこさ」
男がこっちを指差してゆっくりと近づいてくる。
私は身構えながら寂れた鉄の金網を握る手に力を入れた。
「おれのお気に入りの場所なんだよ。もしかして君も?」
「…」
「ちなみになんでおれがその場所気に入ってるかというとさ、ほらそこからプールがよくみえるじゃん。たまに授業サボって女子の水着姿拝んだりなんかしちゃってさ。あ、引かないでよ。おれ変態じゃないから。なんつうの、目の保養っていうかさ。男にとったらパラダイスなんだよ、その場所は」
意味が分からない。
パラダイス?
なんでこの人はこの状況を見てそんなことが言えるのだろうか。