洞内を清掃し終えた与次郎は、
(大名の住処ではないが、致し方なし)
 と得心せざるを得ない。屋敷内で隠匿はできない。法華寺がいい例だ。三成が入寺した翌日には、噂が飛交っていたのである。与次郎は完璧に三成を、保護せねばならないのだ。与次郎は、法華寺へ下っていった。
 日没後、三成は与次郎に案内されて窟穴に腰を落ち着けた。三成は素直に嬉しがった。
「ここで早く体力を回復し、再起を計りたい」
 三成の喜声に、与次郎は身震いを覚えた。
「私も此処に泊まり、看病いたしまする」
 と言上したのだった。
「それでは家族の者が、心配しよう」
「家族は離縁致しました。独身で御座います。御存念には及びませぬ」
 三成は与次郎の忠義心に胸を痛めた。
「済まぬ。わしの為に」
「いえ。命の恩人に報恩いたすは、人として当然でございます。御気になさらずに」
 与次郎は明るい。
「夕餉を用意しております。持って参りましょう」
 と洞を出て行った。辻家には昼間近所から通う年増の下女が一人居るが、夜間は無人だった。

 山中には獣しか居ない。深夜ともなると静寂なる気海に、全山が覆われる。三成は七月に挙兵して以来、久々に安臥(あんが)できた。与次郎は出入口付近で歩哨の様に横たわっている。
 昼間の疲れが出たのだろう。寝息をたてている。
(この分だと、直に治癒(ちゆ)できそうじゃ)
 藁(わら)に包(くる)まりながら、三成は復活の日を待望できたのだった。
 九月二十一日朝。熟睡から目覚めた三成は、病の癒えを自覚できた。
「漸く関ヶ原以前の体調に戻ったようだ」
 朝食後、三成は与次郎にそう告げた。
「よう御座いましたなあ」
 与次郎は歓喜している。配膳を置いて感涕を圧していた。
 
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