三成は十畳程の窟居で、その時を迎えていた。明かり穴の陽射に反射した人影が、問いかけた。
「石田治部少輔様であられますか」
 重低音だ。
「石田三成である」
 三成は正座で応答した。身装は粗末な柿色帷子(かたびら)である。全身より五奉行筆頭として諸大名を震え上がらせた威光を、発している。奉行時代は、
「虎の威をかる狐」
 等と政敵から陰口をたたかれたものである。現今は自身の威神で、三成は田中伝左衛門を跪(ひざまず)かせた。
「お迎えに参りました」
「ご苦労であった」
 三成は立ち上がった。黙然と二人は穴居を出て行く。
 外界には雑兵に紛れて、与次郎が立ち尽くしている。三成は与次郎に会釈をした。与次郎は数日間の気苦労故に老け込み、苦悩に歪んだ痩せ老人と化している。
「御元気で」
「そちもな」
 三成は透徹した笑顔を見せた。
(親しげにしては、与次郎が不利になろう)
 と思案し、さっさと乗物に乗った。与次郎も三成の思惑を悟徹し、それ以上声をかけない。
「出発」
 田中伝左衛門の号令下、一行は井ノ口村を目指し始めた。彼等の歩趨(ほすう)は重々しく、葬儀の参列者みたいだった。
(さようなら。正義の士よ)
 与次郎は森林に消えていく一行を見送りながら、胸中嘆じたのである。
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