(飛び出していって、与吉を叩き出してやる)
 怨怒(えんど)に駆られたが、憎悪と親心が阻止した。
(否。娘の目の前では。おけいが出てからや)
 与次郎は一先ず自宅に戻ることにした。
(与吉をどうするか)
 道すがら与次郎は思案を巡らせている。稀代の名君石田三成を徳川に売った重罪は、万死に値するであろう。三成は与吉の通報によって徳川軍に捕囚され、京、大坂、堺を引廻されて斬刑。獄門首に晒されたのだ。
(同じ目にあわせてやりたい)
 命と引き換えても三成への忠義心を貫きたかった与次郎にとって、義息だったとは言え与吉は命の恩人である旧主の仇だ。
 土間には草刈用の鎌がある。
(これであやつを成敗して、治部少輔様の仇を討つ)
 与次郎は鎌を握った。
 とめは昨日来風邪で寝込んでいる。おけいは与吉に握飯と竹筒の飲料水を与えると、抱合い、別れた。
「ただいま」
 おけいは平穏を装い、玄関を開けた。与次郎が、
「お帰り」
 と何時もどおり応じる。おけいは安堵し、夕飯の支度に取り掛かったのである。
 火をおこし、包丁を使う。働き者で親孝行な娘の反旗を、与次郎は憐れんだ。
(そうするしかなかったのやな)
 与次郎は鎌を手に、黙然と屋外へ出たのだった。
(わしはやる)
 与次郎は天空を仰いだ。
(治部少輔様。今から仇を取ります)
 与次郎は殺意に発奮しながら、岩屋を目指した。

 与吉は焚火にあたりながら、横たわっている。
(何時かは義父も分ってくれよう)
 と信じている。
(わしは密告によって家族、村人の命を救ったのだ)
 という自負がある。謂わば家族と村の恩人ではないか。
(そのわしが村八分にされている。又あろうことか故郷の持寺村でも、疎外された。納得できぬ)
 与吉は若さゆえの正義感に、燃えている。湖東を捨てようかとも考えたが、意地がある。
(正義が不義に屈してはならぬ)
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