与吉はおけいを口説き、雌伏して復権の日を夢見ていた。
「?」
 人の気配が動いた。与吉は息を止めた。護身用の木刀を引寄せる。
「与吉」
 呼び声がする。
「わしだ。与次郎や」
「義父上」
 与吉は喫驚している。木刀を投げた。与次郎は鎌を後ろ帯に引っ掛けているので、与吉には分別できない。
「何時からや」
「三日前です」
「報いやな」
 与次郎は嘲笑う。与吉は押黙った。
「治部少輔様の気持ちが、少しは分ったか」
 与次郎は悪鬼の相である。
「出て行きます」
「又舞戻ってくる」
「義父上は」
「御前に義父等と呼ばれたくない」
「貴方には貴方の義。わしにはわしの義があるのです。わかってくれとはいいませぬが」
「分らぬわ」
 与吉は諦め手荷物を整え始めた。与次郎に背を向けている。
(今や)
 与次郎は鎌を右手に握り締め、与吉の背後に忍び寄る。
「治部少輔様の仇!」
「父様やめてえ」
 ザクッと鈍い音が裂け、血飛沫が洞内に吹いた。
「おけいっ」
 与次郎が思い切り振り下ろした鎌を左肩に受け止めたのは、おけいだった。
「おけい」
 与吉は、崩れかかるおけいを抱きとめた。与次郎は惑乱し、鎌を落した。おけいに擦り寄る。
「御前。なんて事や」
「父様。与吉さんはええひとよ」
 おけいは息が苦しそうだ。
「治部少輔様を訴え出たのも、村とうちら家族の為よ」
「分った。医者を呼んで来い」
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