義
「はい」
村に医者は一人しか居ない。与吉はおけいを与次郎に渡した。
「わしはおけいを家に運ぶ」
「はい」
与吉は駈足で飛び出した。
「おけい。死ぬな」
与次郎は背負ったおけいを励ましながら、家路を急ぐ。
(何てことだ。我が子を鎌で撃つとは)
与次郎は悔恨(かいこん)しながら、山を下っていく。おけいは意識朦朧となっている。日暮れが始まっていた。
半刻後。おけいは元庵の治療を受けた。大怪我であったが、一命はとりとめた。が予断を許さず、与次郎は付きっ切りで看病した。とめは別室で風邪に臥せっている。与次郎と与吉は無言の内に、交替でおけいの面倒を看ている。おけいは熟睡し、苦痛と夢現で格闘していた。
闇夜だ。与次郎は師走の真夜中に、吾身の不運を嘆いていた。
(これは一体どういうことなのや。大恩ある領主の仇を討とうとして、我が子を傷付けてしまうとは。道理に悖(もと)るやないか)
とめには与吉が、事故だと嘘をついていた。
(豊臣家を護持せんとした忠臣治部少輔様は梟首され、豊臣家の天下を簒奪(さんだつ)した家康は天下人となって隆盛を極めとる。領主の仇を討たんとしたわしは、吾が娘に大怪我を負わせてしまった。何でや)
与次郎は灯火の細き影に訴えかけた。
(何で正義が報われぬのや。何故こうも理不尽な世なんや)
与吉の一言が耳に残る。
(わしにはわしの義。与吉には与吉の義か)
与次郎には苦い言の葉である。
(義とは一体何なのや)
腕を組んでいる。
村に医者は一人しか居ない。与吉はおけいを与次郎に渡した。
「わしはおけいを家に運ぶ」
「はい」
与吉は駈足で飛び出した。
「おけい。死ぬな」
与次郎は背負ったおけいを励ましながら、家路を急ぐ。
(何てことだ。我が子を鎌で撃つとは)
与次郎は悔恨(かいこん)しながら、山を下っていく。おけいは意識朦朧となっている。日暮れが始まっていた。
半刻後。おけいは元庵の治療を受けた。大怪我であったが、一命はとりとめた。が予断を許さず、与次郎は付きっ切りで看病した。とめは別室で風邪に臥せっている。与次郎と与吉は無言の内に、交替でおけいの面倒を看ている。おけいは熟睡し、苦痛と夢現で格闘していた。
闇夜だ。与次郎は師走の真夜中に、吾身の不運を嘆いていた。
(これは一体どういうことなのや。大恩ある領主の仇を討とうとして、我が子を傷付けてしまうとは。道理に悖(もと)るやないか)
とめには与吉が、事故だと嘘をついていた。
(豊臣家を護持せんとした忠臣治部少輔様は梟首され、豊臣家の天下を簒奪(さんだつ)した家康は天下人となって隆盛を極めとる。領主の仇を討たんとしたわしは、吾が娘に大怪我を負わせてしまった。何でや)
与次郎は灯火の細き影に訴えかけた。
(何で正義が報われぬのや。何故こうも理不尽な世なんや)
与吉の一言が耳に残る。
(わしにはわしの義。与吉には与吉の義か)
与次郎には苦い言の葉である。
(義とは一体何なのや)
腕を組んでいる。