おないどし。
気付かれない程度の恨めしい空気を漂わせ、向かいの席をこっそり睨んでいると視界を塞ぐ一人の人影が現れた。
慌てていつもの愛想笑いを作り出す。接客の仕事が長いせいか、相手を不快にさせないことに関してはお手の物だ。


「ビール…は飲まないんだ。飲めないのかな?じゃあウーロン茶注がせてね。今持ってくるから待ってて」

「あ、すいません…。私が先に注ぎに行かなきゃならないのに気がきかなくて」

落ち着いたスーツ姿の背中を見ながら彼の名前を必死に思い出す。この職場に来てまだ二週間。接客の仕事が長いわりには人の名前と顔を覚えるのが苦手だ。いや、大勢の人と出会う仕事だったからかもしれない。一人一人を覚えることが仕事ではない。お客様に対して平等なサービスを提供するのが一番のモットーだ。不可能に近いと分かりながらも目指さずにはいられない状況。
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