風のワルツ
しばらく睨んでいた私は何も言わなかった。
目の前のこの男も得に何も気にすることなく、ただ優しそうに笑って私を見てる。
その笑い方がまたムカついてきた。
「…あんたなんで私のこと知ってんの?面識、ないよね?」
「美里依が覚えてないだけじゃん。ずっと…昔から知り合いだったろ?」
「あんたのことなんか知らないよっ!!南くんだっけ?私の知り合いにそんな名字なんか知らない!」
「南 蓮人だよ。確かに俺は名字変わったからな…昔は笹川 蓮人だった。美里依は俺のこと蓮くんって言ってたよ」
「…私と…同じ?!……覚えてない…親族?」
「…まぁ…そんなとこ。今からでも蓮くんって呼んでみる?思い出せるかもよ?」
「!!馬鹿にしないでよっ!!!」
さっきから馬鹿にされてるとしか思えない。
からかわれてる。
「あんたのことなんか知らない。覚えてない。じゃ、私帰るから」
「同じ電車だよ。しかも同じ駅に下りる」
「は?」
電車がきて風が吹いた。
あまりにもタイミングがよく風が吹いたせいか…
目の前の男が風でなびいた髪の毛の前髪を、無造作に後ろに向かってかき上げた仕草のせいか…
あまりにもその立ち姿がかっこよすぎて目を見開いた。
パチッ
「っ!!!」
そんなことを考えながら目が合ってしまった。
私がずっとそっぽを向いていると…
「…電車乗らないの?」
「……のるよ!」
「……プッ…」
「なっ?!…何!!?」
「いや…つい…ハハ…」
「…つい…何?」
「いや…昔もこんなことあった気がして…仕草…変わってないなぁ…って…」
「……」
電車に乗ってもまだつぼっているこいつの横顔を見ても…なにも思い出せなかった。