蒲公英
もう河南子の姿は見えてなかった。






一面の蒲公英が目の前に広がる。






沙羅と出会った場所。

毎年ふたりで見に行ったあの花が…。






「もちろん暮らし始めたらちゃんとしたお花を植えるつもりだけど。あれはあれで綺麗になのよ?それに湧己さん、蒲公英が好きなんでしょう?」






…ちがう。蒲公英を好きだったのは沙羅だ。






春に生まれた彼女にほしいものはないかと聞いたときも、彼女は言った。






――蒲公英がほしい。






「それとも持ってきた方がいい?私、昨日たくさん摘んだのよ。あんまり綺麗だったからキッチンに飾っちゃった」






――でも摘んじゃだめだよ?死んだ花はいらない。毎年湧己とここに来れたらそれでいいの。






「ねぇ、聞いてる?」






返事をしない僕を責めるように河南子が見つめている。











河南子は沙羅の蒲公英を殺したのだ…、と強く思った。
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