過去作品集○中編
「お礼」と言った俺に対して、桜の顔は寂しそうな笑顔に変わった。
『何で翔はユカさんと別れたの?』
真っ直ぐに見つめ、問い掛ける。
『涙が出るくらい、好きだったんでしょう?』
プリンくらいじゃ、ごまかせなかったか。
本当は、桜に話す事はないと思ってた。
話しちゃいけないって。
だけど、そんな目をされたら嘘なんかつけないよ……
『父親になるのが、恐かったんだ』
『え……?』
『ユカと俺の間に子供がデキちゃったんだよね。 でも俺は、まだ縛られたくなかったから』
遊びたいとか、そう思ったわけじゃない。
家族が出来て、家族のために生きる。
そんな自分になるのが嫌だった。
すごく嫌だったんだ……
『赤ちゃんは、もういないの?』
『公園で会った時に「手術は終わった」って言ってた。 そんな内容でも、会いにきてくれた事が嬉しかった……』
まだ好きなのかも知れない。
そう思ってしまったんだ……
『……酷いよ』
『うん、わかってる……』
『赤ちゃんが、可哀相だよ!!』
言い終わると同時、バタンと勢いよく玄関の扉が閉まる。
顔を上げて見渡してみると、家の中には自分だけになっていた。
『俺だって、可哀相だと思うよ……』
いや、可哀相だと思うようになったんだ。
お腹を愛おしむ桜を見たから。
それを教えてくれた桜がいなくなる。
そしたら俺……
どうしたらいいんだよ……
《ぴんぽーん》
と、静かな部屋に玄関のチャイムが鳴る。
『桜!?』
桜が帰ってきた。
そう思ったら、いてもたってもいられなくて玄関の扉を全身で開ける。
『びっくりしたぁ! 桜ちゃんなら今、下の駐車場で会ったけど……』
玄関に立っていたのは桜……ではなくユカだった。
何だ俺。
何でガッカリしてんだ?
『……上がれば?』
『はーい、おじゃまします』
俺……変じゃねぇ?
ユカが来てくれるなんて嬉しいはずなのに。
桜だったら俺は笑顔で迎えてたはずなのに……