過去作品集○中編

「お礼」と言った俺に対して、桜の顔は寂しそうな笑顔に変わった。

『何で翔はユカさんと別れたの?』

真っ直ぐに見つめ、問い掛ける。

『涙が出るくらい、好きだったんでしょう?』

プリンくらいじゃ、ごまかせなかったか。

本当は、桜に話す事はないと思ってた。
話しちゃいけないって。

だけど、そんな目をされたら嘘なんかつけないよ……

『父親になるのが、恐かったんだ』

『え……?』

『ユカと俺の間に子供がデキちゃったんだよね。 でも俺は、まだ縛られたくなかったから』

遊びたいとか、そう思ったわけじゃない。

家族が出来て、家族のために生きる。
そんな自分になるのが嫌だった。

すごく嫌だったんだ……

『赤ちゃんは、もういないの?』

『公園で会った時に「手術は終わった」って言ってた。 そんな内容でも、会いにきてくれた事が嬉しかった……』

まだ好きなのかも知れない。
そう思ってしまったんだ……

『……酷いよ』

『うん、わかってる……』

『赤ちゃんが、可哀相だよ!!』

言い終わると同時、バタンと勢いよく玄関の扉が閉まる。

顔を上げて見渡してみると、家の中には自分だけになっていた。

『俺だって、可哀相だと思うよ……』

いや、可哀相だと思うようになったんだ。

お腹を愛おしむ桜を見たから。

それを教えてくれた桜がいなくなる。

そしたら俺……
どうしたらいいんだよ……



《ぴんぽーん》

と、静かな部屋に玄関のチャイムが鳴る。

『桜!?』

桜が帰ってきた。
そう思ったら、いてもたってもいられなくて玄関の扉を全身で開ける。

『びっくりしたぁ! 桜ちゃんなら今、下の駐車場で会ったけど……』

玄関に立っていたのは桜……ではなくユカだった。

何だ俺。
何でガッカリしてんだ?

『……上がれば?』

『はーい、おじゃまします』

俺……変じゃねぇ?
ユカが来てくれるなんて嬉しいはずなのに。

桜だったら俺は笑顔で迎えてたはずなのに……
< 14 / 120 >

この作品をシェア

pagetop