過去作品集○中編
【病院に行こうか?】

その言葉を聞いた桜の表情はいつもと変わらなかった。
笑いもせず、泣きもしない。

ただゆっくりと、一回だけ頷いた。






『翔! 話聞いてる?』

突然隣を歩いているユカが言った。

やべぇ……
ユカと飯食べに来てるんだった。

『ごめんごめん、聞いてるよ』

『絶対聞いてないし。 じゃあ私、何て言ったの?』

ユカはじとーっと恨めしそうな目を見せる。

何て言ったかなんて、わかんねぇよ……

『いや、聞いてなかったです』

『ほらぁ!』

だって俺、変なんだよ。
桜ばっかり気にしてる。

『翔は、本当に私のこと好きなのかなぁ?』

冗談混じりの台詞も、とてもじゃないけど笑えなかった……

桜の事は大切だ。
傍にいて楽しいし、可愛いと思う。

それは、ユカに対しても同じだった。

『あのさ、ユカ。 その話なんだけど……』

『うん?』

『あ、いや……何もないよ』

でも最近になって、俺の脳内の大半を占(シ)めるのは、桜になってしまってる……




『あっ! このお店可愛い!』

ユカがそう言って指差したのは、アクセサリーや雑貨を売っている店だった。

『入ってく?』

『うーん…… でも入ったら何か欲しくなっちゃうしなぁ』

『いいよ。 この間のお詫びに俺が買うよ』

俺はそう言って笑顔を見せると、ユカの肩を抱いて店に入った。


『これ可愛いなぁ……』

ユカはアクセサリーに夢中。

俺は店中がピンクやキラキラで……
何だか落ち着かなかった。

しばらくすると一組のカップルが入ってきて指輪を見ていた。

『これ可愛いよね! 買っちゃおうかなぁ』

女の手にはまっている指輪は、ピンクに白い花柄のガラスの指輪だった。

遠目に見た俺には、その白い花が桜の花に見えた。

『お客様、そちらはラスト一個なんですよ』

店員がカップルに言う。
それを聞いたカップルはますます盛り上がっていた。

『待って』

気付くと俺はカップルと店員の間に割り込み、指輪のはまった腕を掴み上げていた。

『何この人。 超恐いんだけど』

女は不機嫌に言って、指輪を無造作に置く。

何やってんだよ、俺……

桜の模様だからって過剰な反応して……

馬鹿みてぇだよ。
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