過去作品集○中編
頭ん中、桜一色で、
桜を優先して、
他を疎かにする。
駄目だ駄目だ。
桜の中には、新しい命がある。
俺なんかに、それを引っくるめた桜の全てを背負えるのか?
『おかえりなさい』
夕方になってマンションに帰ると、桜が笑顔で出迎えてくれる。
この情景を当たり前だなんて思っちゃいけないんだ。
いつまでも続くわけがない。
当たり前だと思う程、怖い事はないんだ……
『ユカさんの香水って、いい香りだよね』
『え?』
『翔が帰ってきた時、そう思った』
何だよそれ。
そんな笑って言われたら、返事に迷う。
平気そうな面に嫌気がさす。
『桜、これあげる』
苛々を抑えるように、さっき買ったばかりの指輪を差し出す。
『わぁ、可愛い!』
『桜の花柄なんて何か珍しいだろ?』
滅多にあるもんじゃないし、ラストだったから、何としても手に入れたかった。
桜に見せたかった……
『でも、これ桜の花じゃないよ?』
桜はクスクスと笑うと、指輪を愛おしそうに手の平で転がした。
『でも桜じゃなくても、すっごく可愛い!』
本当に嬉しそうに言うから、こっちが照れてしまう。
『これ、わざわざ買ってきてくれたの?』
それに、そうやって試すみたいに聞くから、余計に素直になれない。
しかも5つも年下の高校生に指輪って……
マジで有り得ないくらい恥ずかしい。
『ユカがさ。 要らないって言ったから』
『え…?』
『だから、わざわざ買ったとかじゃないから気にしないで』
当たり障(サワ)りのないように言ったつもりだった。
俺の中途半端な気持ちも、誤解もされない。
そんな応えを出した気になってた。
『じゃあ要らない』
まさか、それが逆鱗(ゲキリン)に触れるなんて……
『そんな、お下がりみたいなの欲しくない! 馬鹿にしないでよ!!』
茫然としている俺を突き飛ばし、桜は部屋を飛び出していった。