過去作品集○中編

駅前広場の噴水前。
待ち合わせするなら、いつもここだった。

『ちょい早かったかな……』

ユカとの待ち合わせは10時。
俺は20分も早く来てしまった。

何から話そう……

そう考えていると20分なんてあっと言う間に過ぎ、交差点の向こうにユカの姿が見えた。

『翔!』

ユカは眩しい程の笑顔を向けて、歩いてくる。
その薬指にはシルバーのリングが……

『この前買った指輪、着けてんだぁ』

それは前のデートでお詫びにと買ったもの。

そう、桜の指輪と一緒に……

『えへへ、勝手に薬指につけちゃた!』

って……
そんな事言われたら、話を切り出しにくくなってしまう。

数分後に、この笑顔が泣き顔に変わると思うと、胃が痛くなりそうだ。


『とりあえず、どこか入ろうか』

なるべく笑顔を見ないよう背中を向けて言う。

どこか落ち着ける場所に入って、きちんと話さなきゃ……






『で? 話って何だった?』

近くに喫茶店を見つけ店内に入った途端だった。
ユカは核心をついたように言う。
……いきなりかよ。

『あのな……』

『うん?』

首を傾げて笑うユカ。

言え! 言うんだ!
って自分を急かしながら、ようやく言う事が出来たんだ。

『他に好きな人できたんだ』

堕胎を願う時よりも、言い出しにくい言葉だった。

後は殴るなり蹴るなりしてくれて構わない。

桜を裏切れないし、ユカを都合のいい女にしたくないんだ。

『……桜ちゃん、だよね?』

『え……? 何で?』

『好きな女じゃなきゃ、翔は面倒みないと思うもの』

「でしょ?」と、ユカは寂しげな笑顔を見せた。

『ごめん……』

いっぱい、いっぱい傷つけた。
心も、体も……

本当にごめん……

『翔の気持ちに気付いて、翔にやり直したいって言ったのよ』

ユカがそう言って微笑む。

『翔自身が気付く前なら、取り戻せるって思ったから』

でもその顔は痛々しくて、自分がどんなに悪いことをしたかよく解った。

本当に……ごめん……
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