過去作品集○中編
『翔、バイバイ』
そう言って、喫茶店から出ていくユカの後ろ姿。
肩は震えていた。
でも俺にはもう君を慰める資格なんてないから……
せめて最後と、ユカの分のコーヒー代の入った伝票を持ち、店を後にした。
帰り道、ふと見覚えのある店の前に来て、自然と足が止まった。
『この前の店……』
ガラスの指輪を買ったお店だ。
あの指輪を壊した時の桜は、見るに見かねない顔をしていた。
違う物でも買っていけば、喜ぶだろうか……
『いらっしゃいませ』
男一人で入るのは気恥ずかしくて、身を屈(カガ)めて入ったが、それが逆に店員の目についてしまった。
さっさと帰りたい思いから急ぎ足で店内を物色する。
するとお店の一番目立つ所に「新作」の札が付いた指輪を発見した。
前に買った指輪に似ている。
それが第一印象だった。
『この花柄って何の花なの?』
近くで商品を品出ししていた店員を呼び、指輪を預けた。
『これは桜なんですよ。 春の新作です』
『……桜か』
もちろん何も悩むことなく、包装をお願いしてしまった。
桜の白い肌によく似合う、ピンクの小さな箱で……
『ただいまー』
昼を少し過ぎた頃。
ようやくマンションに帰る事が出来た。
いつもの「おかえり」がない事を不思議に思いながら、
でも「昼前に帰る」って約束を破ってるわけだから、恐る恐るリビングに顔を出す。
『桜ちゃん?』
部屋の真ん中のソファーにもたれる桜の後ろ姿。
振り向いてもくれない。
『遅くなってごめんね。 桜にお土産をって思って……』
機嫌を伺うように下手(シタテ)に出てみる。
『……おかえり……』
ようやく返事が返ってくるが、その声は嗚咽(オエツ)混じりのものだった。
『桜!? どっか痛いのか?』
帰ってから初めて見た桜の顔。
真っ青で苦しそうで……
力無くお腹を抱きしめていた。