過去作品集○中編

無我夢中で働き、8時に仕事を終え、

私が真っ直ぐに向かったのは、あのマンションだった。

『翔なら、少し出掛けてますけど』

桜さんのいる、翔くんのアパート。

『大丈夫。 桜さんに会いにきたの』

翔くんがいないなら好都合。
私は、ここに決意表明に来たのだから……

『上がってください。 すぐにお茶でも……』

桜さんはニッコリと微笑むと、スリッパを床に置いた。

『すぐに済むから、大丈夫』

室内に入ったら決心が鈍る。
せっかく勢いつけて来たのに……

『私ね。 達也が好き』

自分で思ってたより、ハッキリと伝えられた。

来るまで何回か練習したけど、今が一番良い出来だ。

私って、本番に強いタイプだったんだ……

『桜さんが達也を好きでも、私は達也を諦めない』

『あ、亜由美さん……?』

『逆に、達也が桜さんを好きでも…… 私は達也が好きよ』

二年間、口に出す事のなかった想い。

言ってしまえば、こんなにも清々しい気持ちになれるのね。

『えっと…… 私は翔が好き、です』

困ったようにアタフタしながら答える桜さん。

『有り得ないけど、達也さんが好きになってくれたとしても、私は翔が……』

知ってるよ。

桜さんが翔くんを好きって事。
翔くんも、桜さんを一番に考えてるって事も……

『桜さんに言えたら、達也にも言える気がしたの』

『へ?』

『驚かしてごめんね』

どれだけ達也を想ってるか。
声に出して確かめたかった。

その相手は、桜さんがいいと想ったから……


と、その時。

『あー、びっくりした』

なんて言って翔くんが帰ってきた。

『いきなりだから、桜と達也の関係を誤解してんのかと思った』

って事は、全部聞かれてたのね……
まぁ、最初は誤解してたけどさぁ。

『例え達也が桜を好きでも、その逆でも、俺がちゃんと繋ぎ止めておくよ』

羨ましいくらい真っ直ぐな言葉に、桜さんは照れたように笑う。

全く逆だけど、こんな風に、達也に伝えられたらいいな……
< 63 / 120 >

この作品をシェア

pagetop