過去作品集○中編
『夏乃が隣かぁ。 可愛い子が隣なんて、俺ってラッキーだね』
……阿保か。
ってか、ろくに話した事もないのに呼び捨てかよ。
しかも可愛いとか、どんだけ軽いのよ。
『よろしくね、夏乃』
『よ、よろしく……』
もうすでに、席替えしたいですけど……
席替え初日。
吉見は授業中もずっとこちらを向いている。
居眠りまで、顔は私の方。
『夏乃いいよねぇ! 私も吉見の隣がよかったー』
昼休みになると、千里がやってきて何気なく吉見の席に座った。
『全っ然良くない。 みんな吉見のどこがいいの?』
『えー? 顔とかヤバくない? かなりの上物だし』
顔かい。
優しいとか面白いとか、
そういうのは無いのかね?
『それに彼って甘い香りがしない? 香水かなぁ?』
『そぉ?』
千里の話が長すぎて、昼休みはすぐに終わってしまった。
昼休みが終われば、もちろん吉見も席に戻ってきて、また監視される5限目が始まる。
監視って言うのも変だけどさ。
『あー、腹減った』
と、吉見はドカッと席に座って言った。
『昼休みに食べたんでしょ?』
『育ち盛りですから』
うん。
まともな会話が出来そうもない。
『それにしても暑いよなぁ、今日』
話も飛び飛びだし。
あれ?
バニラの、香り……?
【彼って甘い香りしない?】
ふと千里の言葉を思い出し、吉見に視線を移す。
シャツのボタンを多めに外し、教科書で無遠慮に扇(アオ)ぐ。
……吉見だ。
バニラの香りは、明らかに隣からする。
イライラする。
もう二度と嗅ぎたくないのに。
『吉見の香水きついんだけど』
『そう?』
『甘ったるくて、頭が痛くなる』
あの日の事、思い出す。
誠が、浮気した日……
『香水じゃないから、消すの無理なんだけどなぁ』
香水じゃない?
もしかして、煙草……?
『それに、俺は夏乃の事、結構好きなんだけど』
『……は?』
『匂いすら否定されると落ち込むわ』
それだけ言うと、彼は机に伏せて瞳を閉じた。
……ヤバイ。
今のは、完全に八つ当たりだった。