桜の森の満開の下
わたしは今、10年ぶりにその地に来ていた。

僅かながらも残った桜を見に来た。

「う~ん。田舎だなぁ」

1時間に1本しかないバスを降りると、そこは見渡す限りの山が並んでいた。

民家は全部ダムの底。

わたしはダムに向かって歩き出した。

里帰りしたのには理由がある。

祖母が病気になってしまった。しかもかなり重い病気に。

そんな祖母が病床で言った一言が、わたしをつき動かした。

「桜が…あの桜が見たいねぇ」

何も枝を折って、持って行くワケではない。

何輪かの花を拾うか、あるいは落ちている花の付いた枝を持って帰るとか、そういう方法で祖母に桜を見せたい。

行き方を祖父に聞いて、わたしは一人、ここに戻って来た。

ダムがあった場所に、桜の森はあった。

ダムは大きく、迫力があった。

持ってきたデジカメで写真を撮る。

兄から見たいからという理由で、デジカメを預けられた。

「桜、どこかに残っていると良いけど…」

弟や妹は幼過ぎて、記憶に残っていないと言っていた。

両親や姉も、久し振りに故郷が見たいと呟いていた。

景色をデジカメで撮りながら歩いていく。

やがて山の中に入る。

桜の木は転々とあるが、記憶の中の桜の森とは違う。

「やっぱりもうないのかなぁ…」

山を下り、ウロウロと周囲を歩く。

ふと、一本の大きな桜の木を見つけた。

何気なく行ってみると、その木の後ろにはまた、桜の木が連なってあった。

「この奥、かな?」

更に奥へ進んでみる。
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