桜の森の満開の下
しばらく歩くと、周囲の景色が変わったことに気付いた。

見渡す限り、桜の木がある。

まるで囲まれている気分になる。

「わあっ! やっぱり残っていたんだ!」

記憶の中の桜の森と、景色が一致する。

満開の桜の森の下、わたしは思わず目がくらんだ。

澄み切った青い空、白い雲。

ピンク色の桜が、わたしの視界を覆い隠す。

「っと、いけない。写真を撮らなきゃ」

わたしは正気に戻り、デジカメを構えた。

やがて、青空が茜色に染まり始めた頃、わたしは写真を撮るのを止めた。

「バス時間、大丈夫かな?」

ケータイで時間を確認すると、大分時間が経っていた。

写真を撮る途中、落ちている桜を拾ったりしていたから、夢中になってしまっていた。

けれど行けども行けども、周囲の景色が変わらない。

桜の木が、わたしを囲んでいる。

あんなに感動したのに、今では恐怖を感じてしまう。

「ヤダな…。昔は怖くなんてなかったのに…」

思わず早足になる。

こんな所で今、迷子になったら、本当に大変なことになる。

わたしは自分の勘を頼りに、歩く。

だけど…景色は変わらなかった。

これはさすがにマズイ。

祖母の言葉で言うのなら、この桜の森にわたしは呑まれかけている。

焦りから、足が速くなる。心臓も早く動いてしまう。

一本の大きな木を通った時だった。

ドンッ!

「きゃあ!」

「うわっ」
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