君の詩が色褪せても
日和は濃いサングラスの奥から、順に点灯していく階の数字だけをじっと見つめていた。



B1は駐輪場になっている。

日和はエレベーターを降りると、真っ直ぐ目的のママチャリに向かう。

"ひよりん"と落書きされたそのママチャリにまたがり、日和はコンクリートの床を蹴った。




「とぁ〜!」


よく分からない奇声を発してペダルをこぎまくる日和。

コンクリートの床は徐々に下り坂になっていく。

それに合わせてママチャリも加速していった。


そして大きなカーブに差し掛かると、日和は両足をペダルから外した。


「ひゃっほ〜!」

ご機嫌な日和の声。


ママチャリがカーブを抜けると屋根がなくなり、青い空に太陽が眩しく輝いて彼を照らす。


マンションの隣は海になっていた。

潮の香がとても優しい。
穏やかな昼下がり、日和はその優しい香を吸い込む。


自転車の通用口で、彼はしばし立ち止まった。



「おっ、ひよりん!これからお出かけか?」

日和に声を掛けたのは70過ぎの老人だった。


「おはよ、善さん。何回も言うけど、オレの名前は"ひよりん"じゃないから」


「わ〜かってるよ。ただのジジイの冗談だろーが?」
< 5 / 219 >

この作品をシェア

pagetop