君の詩が色褪せても
「なら、いいけど」
「ワシを年寄り扱いしたら、いくら有名人の日和でもタダじゃおかないからな」
と言って善さんこと、田端善三郎は微笑んだ。
「そーだね。オレも元レスラーの善さんにはかなわないからなぁ」
「ははははははは…」
善さんの豪快な笑い声を横に、日和はまたペダルに足を置いた。
「じゃーね」
土を蹴る日和に善さんは大きく手を振った。
善さんは同じマンションの住人であり、毎日マンションの周りの花や草木の手入れをしている。
元レスラーというのは勿論日和の冗談で、ぽっちゃり体型の普通の優しいおじいさんである。
しいて言うならば、このマンションで日和がコミュニケーションを取る唯一の人物だということだけだ。
日和の悩みを善さんはよく理解してくれていた。
なので、これから日和が向かう場所も善さんには予想がついていた。
海沿いの道を加速する日和のママチャリ。
少し目を反らすと昔ながらの洋風の建物がチラチラと目につく。
そんな街の中を映画のワンシーンのように、日和のママチャリが駆け抜けていった。
穏やかなこの瞬間を日和はとても気に入っている。