宛て名のないX'mas

―…

裕美は結局、条件を受け入れ、紙切れ、いや奇跡の架け橋を手に入れた。

そして、今、正座して携帯と睨めっこしているのだが…。


「先輩、こんばんは。受験生で忙しいのに、本当にすいません。裕美です。私のこと覚えていますか?春の練習試合の時、亮太の応援で…あの時の先輩、すごくかっこよかったです……あ~!やっぱり無理!」


削除。

裕美は、立ち上がって部屋中をうろうろ歩き回り、バフっとベッドに倒れこんだ。


(はあ、迷惑だって思われたらどうしよう…。
ていうか、その前に、誰だっけコイツ?だよな、きっと…。あ、それと亮太はあたしにメアドを教えたことを孝志先輩にちゃんと言ってくれたんだろうか?はぁ、不安…)


孝志とは、亮太のサッカー部の先輩。裕美が初めて見たのは、亮太の初レギュラーの練習試合を見に行った時のこと。

長身で切れ長の目。大人っぽい仕草。

そして、爽やかな笑顔。


ギャラリーには、ファンらしき女の子も何人かいた。

裕美の頭には、サッカーコートを華麗に走り回り、シュートを決め、裕美の方を振り返って、ウインクし、親指を立てている孝志が浮かんでいた。


「でへへ、孝志せんぱぁい…」


妄想しだすと止まらない。

「ふが、鼻血でそぅ…」と、もうどっかの世界にいってしまっている裕美だ。


とにかくその試合以来、孝志に憧れを持っている。

ただ、裕美にとって孝志は、雲の上の人というか、芸能人みたいな人というか、とにかく手の届かない人であったのだ。


通りすがった時に、こんにちはって挨拶する程度の関係。


でも、同じ学校内にいてもなかなかすれ違いもしないから、ほとんど接する機会はない。

部活を覗きにいこうにも、三年生は5月に引退してしまっている。



でもそれが今は、メアドを手に入れることができた。

それはかなりの進歩だ。




< 5 / 56 >

この作品をシェア

pagetop