クロス
 最近は、涙脆くなった。ふと、楽しかった学生時代の映像が瞼の裏辺りに映し出された。学生時代といっても、ほとんど学校には行かず、フリーターみたいな生活の中でお金を貯めて、バンド活動の資金に充てていた。5年間、お金も時間も夢も、全てバンドのために捧げてきた。それなのにバンドの仲間は皆、大学を卒業すると共に就職するという道を選んだ。私だけ路線変更から取り残され、やる気もやるべきことも何も起こらないまま、今に至っている。夢を失った思い出ではなく、夢に向かって真っ直ぐ突き進んでいた青春時代の思い出に、感情を揺さぶられた。

 就職か。私は少しずつ、家を飛び出したことを後悔し始めている。両親の言う通り、就職しながら新しいバンドのメンバーを探すというのも1つの手ではあったかもしれない。かっこつけて自分探しの旅とか言って始めたけれど、日を追うごとに夢も希望も抱けない状況へと追い込まれている。自分を探すどころか、自分をこの世に生存させていくことすら覚束ない状況だ。

 「お嬢さん。風邪引きますよ。」背後から温かみのある声がした。そういえばここ最近、誰かと会話をしたこともほとんどなかった。「平気です。私、ホームレスですから。」平然と即答できる自分に驚いた。「親と喧嘩したとか?」私は、むっとして振り返った。暗がりの中でその人物の風貌と人相を捉えようと目を凝らすと、そこには私と同い年くらいの若い男の姿が映しだされた。
 
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