ビル群に咲く
 私の眼前に横たわる実情をさめざめと凝視するも、理解の二文字は産まれる気配を待たずして潰えた。
 どのような感慨も当てはまらず、またどのような言葉も該当しなかった。
 ただ、極めて客観的かつ非感情的に物事を述べるに留めるならば可能である。
「謎の外人がいた」
 驚きのあまり声を失ったのは言うまでもない。声を失ったので言えない。
 とりあえず、部屋から出た方が良いはずである。それは最良最善であり、常識的、護身的にも至極当然、もう当然過ぎて困っちゃう、そんな程度の当然さであった。
 しかし――ああ何ということだろう。
 ドアノブに手をかけ回すも、全く開かない。鍵もかかっていないし、数秒前まではドアはドア然とし、ドアとしての機能を全うすべく日夜出入り口としての活動に余念がなかったのだ。
 おかしい。いや、これは閉鎖空間……!?
 私は焦った。ひとしきり焦った。その焦りは最早他の追随を許さぬ、お客様とて許せぬと湯婆婆がお怒りになるのも無理はないな、とも思った。
 しかしこちらの客人は至って落ち着き払っていた。
 私に近づき、ノートPCを手渡したのだ。
 手渡された私としても如何せん困ったものである。
 これを、どうしろと。チャットで会話すれば宜しいのだろうか。まるであたかもオフ会したけどまだちょっと……なネトゲヒキヲタニートのようにか。残念ながら私はネトゲをやらない上にヒキこもらない上にヲタらない上にニートではあった。親の脛を齧って生活をする、ごくを潰しついでに親の貯金も食いつぶさん勢いであった。
 がしかし、とりあえず私の内情を語るのはここらでいったん休憩とし、まず謎の外国人(見た感じアラブ系)(ただアラブがどこなのかは私はわからない)(アラブ系の定義も)について考える必要があった。
 ノートPCを開く。日本語のテキストがそこにはあった。
 一行目、「ボクはアリです」。
 蟻? どうしたのだこの外国人は。このアラブっぽい人は。脳の病気か。一身上の都合か。
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