ことば

“亀”には特別活動日といったものはなく、それぞれが気の向いたときに写真を撮り、暗室で現像する為に部室に集まる。
爽やか青年大槻さんが言うにはそういうスタンスのサークルらしい。

私がカメラを持っていないと言うと、ニコンの一眼レフカメラを一つ貸してくれた。
全くの初心者である事がわかると、ひととおり使い方について教えてくれた。
そして帰り際、爽やかな笑顔で

「わからん事あったらなんでも聞いて。」
と言い、携帯番号とメールアドレスが書かれた紙切れをくれた。

普通の女の子なら、こういう人にウッカリ惚れちゃったりするんだろうか。

長身、男前、優しい、カメラが趣味。
いかにもモテそうな条件が揃っている。

だが残念な事に、私の恋愛偏差値はどうやら小学生よりも低いらしい。

18歳になった今でも男の人にドキドキしたり、誰かを自分のものにしたいなんていう感情を味わった事がないのだ。
同級生の女の子達が好きな人が出来たとか、彼氏がどうのこうのとか話している姿をいつもただただ不思議な気持ちで眺めていた。

いつか私にもそんな感情が生まれる日が来るんだろうか。
いつかそんな日が来た時、私は一体どうなってしまうんだろうか。

全く想像がつかない。

大槻さんに借りた一眼レフを両手に抱えながら、ひとり芝生の上でそんな事を考えていた。

どうやらただのミーハー心しかなかったあっこはあの日“亀”の部室から出た後すぐにダンスサークルの説明を聞きに行っていた。

入学式からたった2週間しか経っていないのに、キャンパスで彼女を見かけると必ずその隣には誰かがいるのがやはり彼女のすごい所だ。

そういうわけで、人見知りが激しい私は唯一の顔見知りの存在を失い、大学では一人で行動する日々が続いていた。




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