エングラム
ハッとして、私は振り返る。
──黒髪の──
「…さっきのバンドマン」
なんと呼称すれば良いかわからず、とっさに出てきた言葉がそれ。
「あの…っ」
黒髪に、黒縁の眼鏡。
金色の刺繍が控えめに入った黒のジャケット。
近くで見る顔は、大人びていて。
二十代前半ぐらいだろう。
確かに先程唄っていたバンドのドラムの人だ。
なんで、そんな人が、私の手を。
「いやっ、だから…!」
なんでと私が思った時に、その黒髪のバンドマンは慌てて言った。
私は何も言っていないのに、だから、と何かを紡ごうとする。
一体何なんだろう。
私は表情に表さず、無言で捕まれた腕を見る。
何故手を捕まれたんだろう。
私は聞きはしていないが、その疑問に
「そんなことしに行こうとするから──」
低い声で、彼が答えた。
責めるような口調だった。