エングラム
「──…嫌がらせ受けてた時、心はオウ兄しか頼りにしてなかった。だから私にはオウ兄だけでした」
とんとんととん。
あの音はもう聞こえない。
私の部屋の窓を叩いた音。
「あれから何ひとつ、私は手付かずで」
認めてくれるオウ兄がいないから。
「何もわかんないまま」
どうして?オウ兄。
「まだ昔話は続いてますよ。だって──」
隣で静かに聞いてくれてたシイの手が伸びて、私の額が彼の首の根本あたりに触れた。
「シ、シィっ?」
「あいつのこと、少し教えてやる」
シイが私の耳元で言った。
息に舐められる。
「あいつって、オウ兄ですかっ?」
なんでシイが。
というかここ電車の中。
恥ずかしくなって体を離して、シイに聞いた。
「あいつが言ってた花屋ってオレのこと」
世界は、狭い。
広いのだとしても、私は一部しか知らないままだろうから狭いままだ。
「………え?」
昔話は、今に繋がる。