エングラム



「だけどオウは優しくてイイ奴だった。だから苦しんだ。だから耐え切れなくなったんだ──」

優しい、オウ兄だから。

「オウ、お前のこと話してたぞ」

シイの黒縁の眼鏡に、私が映る。

「お隣りに妹みたいで、けど実はそうじゃない大切な女の子がいるって」

「オウ、にぃ…っ」

口元を抑えた。
オウ兄は私を。そんな風に。
そんなオウ兄だから、私は。

「いつか店一緒にくるって言ってた、綺麗な花束作っとけ言われた」

言葉は続く。オウ兄に続く。

「お前にとってのオウが大切だったように、オウだって──…」

シイの声が、プツリと途切れた。

私がシイの服の裾を掴んで、小さく泣き始めたから。

「ありがとう…っ、ありがとう、シイ…!」

オウ兄のこと知らなかった。

シイはまだ何か続けようとしていたが、困ったように息を吐く音が頭上でした。

頭がシイの手で撫でられた。
それを、オウ兄の手のように感じた。

「オウ兄…!」

過去と向き合える気がした。

ただオウ兄の後について行こうとしてた。
ただオウ兄のように飛べるんじゃないかと思ってた。

「シラン」

その声は確かに、シイのものだった。



とんとんととん。
耳の奥で小さく鳴った。



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