エングラム



「もしかしたらお前もチカラ持ってるのかもな」

シイの言葉に、顔を上げた。

「鼻、赤い」

とても楽しそうにシイが目を細めて言った。

「うっさいです…!服で鼻水拭きますよっ」

だって泣けちゃったんだ。

くっくっくとシイは笑った。

その笑みに、どきんどきんと鳴る心臓。

「私にっチカラって…?」

あった覚えはない。
腕でごしごしと顔を擦りながら私はシイに聞いた。

ふっ、と優しい笑みが漏れる。
いちいちそれに心臓が反応した。

「人の痛みが分かるチカラ」


シイは綺麗な笑顔で、続ける。

「誰もが持っていて、誰もが無くしていく、捨てていくチカラ」

シイの硬くて細い指が、私の目元の涙を掬い上げた。

「ある方が優しくなれる。だけど人に優しくすると自分に優しくなれなくなる」

「シイは、優しいです」

口をついて出たのがそれ。
私に優しくしてくれるシイは、自分に優しくないの?

「私はシイに優しくしていたいです。恩着せがましい言い方だけど、優しくなりたいです」



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