エングラム
「──シラン」
低い声が弾けて響いた。
「優しいよ、お前は十分優しいよ」
「違いますよっ」
私は言う。
「優しくなりたい。本当の本当はみんなが思ってるより酷くて嫌な奴で──」
けど優しくなりたいんだ。
けど私のは偽善でしかないんだ。
涙が私の声を遮る。
「お前はっ」
声と共に、温もりと軽い重み。
「お前のことはオレよく分かるからっ」
私のナカに入り込む言葉。
「たくさんたくさんっ伝わってきたから…!」
耳元に掛かる息と言葉。
抱きしめられた実感。
その言葉に疑う余地はなかった。
「シイは優し過ぎます…っ!」
わんわんと私は泣き出した。
シラン
日頃笑顔ばかり纏う紫蘭はここにはいなかった。
素直に泣ける、感情に正直なシランでいた。
どうしてシイの前だとあっさり自分を見せてしまうんだ。
オウ兄には泣きついたりしなかった。
だがその分支えられていた。
シイは、シイは。
言葉は要らなかった。
「──ったくお前は──」
耳元でシイが言った。
だって仕方ないじゃないですか。
シイは私にとって“たいせつ”になって
好きになっちゃったんですから。
心の中で返事をしたら、背中にまわる手の力が強くなった気がした。