エングラム



「ん」

シイはそんな焦りも寂しかった気持ちもしっかり分かったのだろう、頭を撫でる。

近くにあるシイの顔を見ると──きゅうぅっ、と心臓が締め付けられる。

これが切ないってことらしい。
訳もなく抱き着きたくなって、泣きたくなってしまう。

「思い出は縋るためにあるんだろうけど」

私がオウ兄を思い出していたことか。シイは続ける。

「これからはそれ、オレにしろ」

頭の上にあったシイの手に触れ、その手を私は頬に寄せる。

「…安心して触れられるのはシイだけです」

オウ兄は私の中で腕を広げて笑っていてくれるけど、その腕には飛び込めない。

眺めの前髪の間にある眼鏡の奥の目が少し細められて──少し照れたようにシイが笑った。




「はぁい、見せ付けないのそこっ!」




ケイが楽しそうに言って、

「いやぁシイもまだまだ若いですね」

ユウがそう言うと、

「忘れろお前らは…!」

顔を赤く染めたシイが頭を抱えた。


さよなら孤独感。
私はくすくす笑い声を漏らした。

シイが少し顔を上げて、笑った私に──小さな笑みを見せた。

少し赤い顔で向けられたその笑みが、たまらなく愛おしい。



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