エングラム
「ケイはまだか!リハの時間だってもうないぞ!」
握っているスティックを今にもへし折りそうな勢いでシイが言った。
「ちょっと電話かけてくる!」
ポケットから携帯電話を出し、シイはリハーサル室を出て行ってしまった。
「…ケイが一番出たがっていたような気がするんですけどねぇ…」
ストラップでギターを肩にかけたユウが珍しくため息混じりに言った。
「……クラスペディアが…」
これじゃ、花が咲かない。
黄色い花が咲かない。
──けれど──咲いてしまうことが出来るのだ。
「いざという時は、シイにボーカルお願いしましょうか」
そして代わりのベースは私だと、ユウがキツネ目を向けて私に言った。
そう。成り立ってしまった。
“たった一人”がいないけれど、バンドの形が成り立ってしまうのだ。
「駄目だ出ない」
シイが携帯電話をしまいながら、リハーサル室に戻ってきた。
「本番までは?」
「あと30分です」
この部屋は防音だから、外は聞こえないが前のバンドか演奏しているだろう。
「──ケイ…」
小さく、名を、読んだ。