エングラム
ケイの声は、今どこにあるの。
支えるべきベースは、どこにあるの。
「──シラン」
シイが私の名前を読んだ。
「曲、弾けるか?」
あぁ聞かないで欲しかった。
だが期待をしていたのも否めない。
私は頷くことが出来る。
頷いて舞台に立つことが出来る。
「ケイに弾けるようにって言われましたからね」
軽く、笑う。
ケイの言葉を思い出す。
──あ、その日までに今日渡した曲一通りやろうね──
ところどころつっかえてしまうが、一通り弾けるようにたくさん練習した。
「ケイ、分かってたのかな」
呟く。
ケースからベースを出した。
借りっ放しの黄色いボディーのベース。
クラスペディアという名の黄色い花。
「だろうな。──あいつ未来ばっか気にする馬鹿だから」
準備をし、チューニングを手早く済ませる。
「困ったもんですよね」
ユウが軽く笑う。
楽しげというには、酷く曇った笑い方だ。
「あぁ」
ドラムセットの間で落ち着いたシイが、スティックを打ち鳴らす。
曲の始まる合図だ。