エングラム



熱もすっかり冷め、むしろ寒いとさえ思える。
夏の空気の中。
かいた汗のせいかもしれない。


「──ケイは、」

シイが息を吐くように呟く。

「来なかったな」

灰色の中に、灰色の言葉。

「…そうですね」

バンドコンテストも終わり、誰が言うこともなく。
私たち3人の足はいつもの廃ビルに向かっていた。

「…電話かけてきて良いですか?」

灰色の床に座っていた私とシイに、立ち上がりユウが言った。

「あいつケータイ出ないぞ」

「ですから自宅に」

もうバンドコンテストも終わった。
何を彼は言うのだろう、と心の底で思う。

ユウは一階で電話をかけると告げて、私たち二人を残す。

階段を下りていくユウの足音が遠ざかる。

「……ごめんなさい…」
、、、、、、、、、
私が代わりになれたからと。
私が下手だっからと。
傲慢な謝罪を、零す。

「謝ることない、シラン」

帰りにオレんち寄ってけ。
強引な命令口調。だから甘えられる。

「…Arpeggioでしたよね」

お花屋さんの名前。
あぁ本当、綺麗な音色の名前。



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