エングラム



荷物を下ろした私から、いつもの甘い香りがした。
シイから感じるそれだと気付き、一人で顔が赤くなった。

荷物を整えていたら、壁に掛けたカレンダーが目に留まった。

夏休み半ばも過ぎて、もう折り返しだ。

そういえば、受験生なのにそれらしいことを全然していないと気が付く。

「…学校、やだなあ…」

宿題もほとんど手付かずの状態だ。
休み明けは直ぐにテスト。
大して友達もいないし、楽しみの少ない生活。

思うだけ、憂鬱が重なる。
前に味わった、嫌がらせなどの言葉も思い出して──指先が震えた。

──オウ兄。

とんとんととん、とノックの音は聞こえない。
もう会うことのない都合の良い味方。だけど優しい彼。

──シイ。

彼は手を伸ばせば届く距離にいる。これからも傍にいる味方。

大丈夫、大丈夫と自分を落ち着かせる。
終業式の時、普通だったもの。

時たま、こう、明日が不安になる。

今までは必ず裏切らない味方のオウ兄しかいなかった。

だけれど──愛しい声と体温があるから、大丈夫。



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