エングラム
静寂が漂う、鈴木惠太の病室。
不意にノックが訪れた。
この部屋の主である亜麻色の髪を持つ少年は眠っている。
優は彼の額に当てた手を離し、どうぞ、と声をだした。
「──…おう、ユウ」
入ってきた人物は、クラスペディアのドラマー、椎名聖司。
「二人とも、眠ってしまって」
白いカーテンを閉めながら、優が笑いを混ぜた声を出す。
「そうか」
椎名はそう言い、この男ばかりの空間での唯一の少女の頭に手を伸ばす。
髪に指を絡めると、眼鏡の奥の瞳を細めた。
「シイは本当に、シランさんが大好きですね」
優にそう言われた黒髪の彼は、うるせぇ、と柔らかく言った。
幸せそうだと優は思った。
「…シイ」
思ったから、彼の名前を呼ぶだけに留めた。
一言でも加えたら止まらない、とキツネは思う。
「なんだ、優──」
顔を上げた彼の額に、手で触れた。
「すみませんねぇ、シイ」
途端、力なく前に倒れた彼の体を優は抱き留める。
「あなたの幸せな記憶を奪ってしまい、申し訳ない」
黒髪が眩しいと、金色を頭に飾る優は思った。
「私だけが、あなたたちの分まで覚えています」
白い病室に、記憶を消すチカラを持つ少年の声だけが響いていた。